親子

_R8W0877m.jpg
EOS-1DsMark2

海岸で遊ぶ親子。
思えばこんな時期もあったなぁと。
可愛い盛りですね。
ウチは今ではただのクソガキですが・・・
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

今晩は!

どうも週末はお天気がぱっとしなくていけませんですねぇ。。明日はこちらはみぞれ交じりとかの予報でビビッテいます(;^_^A アセアセ・・・

ルソーの画のような植物の向こうに美しい海岸線が見えて、、そしてまあ、なんとも愛らしい親子♪素晴らしいなぁ。。重苦しい現実を忘れてしばし、メルヘンの世界で遊ばせて頂きました(^^)

子供さんって、きっと反抗期とかおありなんでしょうけど、、。。でもmakotoさんの子供さんですから、きっと美意識の高い、感性豊かな優しい人間に育って行くに決まってますって♪



フィルムからデジタルになって、写真が大きく変わったと
いうところを挙げると、非常に画像の「抜け」がよくなったと
いうことです。とてもクリアになったのです。
フィルムだと途中でフィルムというベースが挟みますから
どうしても画像に何かが一枚噛んだようにボンヤリとしてい
ます。
しかしそのボンヤリがあるから、人は写真と現実という区
別が容易についたのですね。

デジタルカメラの仕組みとして、現実光景は光から電子に
直に変換されて、その途中で何もアナログ的に妨げるもの
がなく、電子的に直結してモニターに写し出されるのがデジ
タル写真の大きな特徴です。
このことを、「デジタルカメラは視神経の延長である」と言っ
た人がいます。名言だと思いますね。
さらに最近のデジタル専用レンズは、ニコン・ナノクリスタル
コートのような驚くべきクリアさを出して来ていますね。
makotoさんのお使いのレンズも凄いと思います。もう裸眼
よりもクリアなのではと感じるほどです。

こうなってくると、人間は心理的に現実と虚構(写真のこと)
の区別が、曖昧になってくるんだと思うのです。
現実のシーンも写真も、共に記憶として脳内に溜め込まれ
るんですが、その脳内記憶には現実と虚構の区別の基準
はかなり曖昧で、デジタル写真だから本物ではないとされ
るということではないようなんですね。
フィルム写真なんかだと、これは絵(絵画に近い)として処
理されていた記憶が、デジタル写真だとあまりにも鮮明な
ので現実のシーンとして混同して長期記憶されてしまう。
その記憶こそが人間の生きる為の基準になるはずなんで
すね。

これはまだ私の仮説なんですが、いろんな例を見ている
と、どうやら本当にそのようなことがあるのかもしれないと
最近は考え込んでおります。
それで私はあまり良すぎるカメラやレンズは敬遠する気分
が出てきているんです。それがレフレックスレンズであった
りするんですが。(笑)

そういえばシグマ・フォビオン素子のカメラというのがあり
ます。熱烈なファンがいるカメラなんですが、このカメラの
画像というのはフイルムライクでして、それを支持者は
フィルムと同じように画像補完をしていない、つまり普通
のベイヤー型カメラは勝手に補完しているからつまらない
といいます。
しかし私はそうは思わなくて、フォビオンのフィルムライク
な画像は、実は素子が3層構造になっていて光が下層に
充分に到らず、それでアナログ的な雰囲気になるからだ
と考えています。実際に、フォビオンの解像度は強烈です
が、画質の抜けは悪いんです。
ちなみに人間の視神経細胞の仕組みはベイヤー方式
なんですね。片眼で100万画素くらいだったか。

フィルム時代のように、明らかに現実光景と写真画像が
区別できた時代だと、カメラマンは自分の写真を虚構的
な写真という様式の範囲内に留めておけたわけです。
現実は綺麗じゃなく色んなものがあって、それはそれで
仕方なく、しかながら自分の作る写真は理想的に美しく
ありたいというようにね。
ところがデジタル写真の時代になってくると、現実光景と
デジタル画像の区別が付き難くなってしまったわけです。
頭では分かっていても実際には脳内記憶として区別が
判然としなくなった。そこが大きな問題として浮き上がっ
て来ているように感じますね。

makotoさんのように、カラーのフィルム時代に既に自分の
写真哲学というものが出来上がっていた人は、そのスキ
ルには驚くべきものがあるんですが、それがデジタル時
代に、そのままスッと通用するのかと言うと、まあ、ここで
私が書いてきたような様々な問題があるように思います。
これが、自分はデジタルが写真の最初だ、という人はま
た違った考え方をしていると思いますね。案外に気楽に
撮っていて、それで特別な問題が発生していないように
感じられます。しかし得るものも少ないのかもしれない。

それからやはり、古くから言われているように、写真は
やっぱりスナップ的な自然な人物を撮るっていうのは外せ
ないと考えます。
自由なスナップ写真というのは、言わば人間としての安全
弁(現実に引き戻してくれる)というんですか、これをやって
いると、思い詰めてとことん行ってしまうことが防げるよう
に思います。

それからスナップ写真は盗撮ではありませんよね。(笑)
撮ったものを無断でネット露出した時点で、盗撮になる
かもしれませんが、撮るだけならばさほどの問題はなく、
むしろ立派な写真表現のひとつなのですら胸を張ってよ
いのです。
makotoさんは注意して出されていますので、ぜんぜん
問題のないレベルです。ほんとは撮られているばすの
もっと良いショットを見たいのですがネットでは無理ですね。

ここで写真は虚構だと言いましたが、虚構だからこそ創
作になるわけで芸術に昇華できるわけです。
正直な感想として、フィルム時代を経験していない人は、
いくらデジタルで頑張っても、写真を芸術性にまで高める
ことは出来ないのかも知れません。
と言いながら、絵画時代にも写真に対してそう言われて
いましたから(笑)、いづれデジタル写真は芸術にもなるの
でしょう。

古今東西、芸術家というのは魂が純粋なので、現実に支
障が出る場合の例には事欠きません。しかし我々写真の
趣味人のレベルで、生活の支障が出ては大問題です。
戦場カメラマンが幾ら傑作をものにしても、無事に帰還し
なければならないように、アマチュアカメラマンは写真と仕
事・家庭の両立をうまくやっていかなければなりませんね。
言うは易く行うは難しいのですが。

会社が社員に辛く当るときは、暗に人員リストラを敢行し
ようという腹積りかもしれません。
こういうときにこそ、伴侶との同盟が大切です。共通の敵
に向かって一致団結しなければなりません。
そのためには写真撮影は一時中止ということでも、よろし
いのではないかと私は思います。

haruさん

> 今晩は!
>
> どうも週末はお天気がぱっとしなくていけませんですねぇ。。明日はこちらはみぞれ交じりとかの予報でビビッテいます(;^_^A アセアセ・・・
>
> ルオーの画のような植物の向こうに美しい海岸線が見えて、、そしてまあ、なんとも愛らしい親子♪素晴らしいなぁ。。重苦しい現実を忘れてしばし、メルヘンの世界で遊ばせて頂きました(^^)
>
> 子供さんって、きっと反抗期とかおありなんでしょうけど、、。。でもmakotoさんの子供さんですから、きっと美意識の高い、感性豊かな優しい人間に育って行くに決まってますって♪

天気悪いですよね・・・
この天気でも花粉症がひどくて目の痒いことといったら・・・
例年は雨の日は症状が楽なのですが、今年は逆に雨の日の方が辛いです。

海はいいですよね。
見てるだけで癒されますし、そこに居る人たちも優しく見えます。
あ、悪天候の海は別ね・・・

コゾーは中2と高2で、共にもうすぐ3年ですが、クソガキになってしまいました・・・
昔の可愛らしさは何処へやら・・・

kusanagi さん

私はポジはやったことがありませんが、やはりフィルムの写真らしさというか、見ていて引き込まれるような感覚がいいですね。
これがデジタルでいかに表現できるか?が問題ですが、現像ソフトで随分変わりますね。
特に立体感は、シルキーのフィルムテイスト、後はやはりキャプチャーワンですかね。
キャプチャーワンは、デジタルの精細感をキッチリ出しながら、立体的な階調も備えてて実に好ましい絵を吐き出しますね。ただ少しでもピンが甘いと、受け付けてくれない厳しさもあるようです。
どのような処理で、あそこまで精細感が違うのか不思議な程です。

それにしても雨が多いです。
雨のスナップも面白い(傘がポイントになりますね)ですが、自宅付近は田舎で歩く人も居ないので、浜松市まで出るのが大変です・・・

一枚の写真を介して非常に高度な
論客衆の方々の心打たれる文を
読ませて頂きました。
しかし、世の中には色々な面で
しっかりした考えの方が居るもんですね。
他人の書き込みやmakotoさんの返事を
みて大変勉強させられました。

小彼岸桜さん

> 一枚の写真を介して非常に高度な
> 論客衆の方々の心打たれる文を
> 読ませて頂きました。
> しかし、世の中には色々な面で
> しっかりした考えの方が居るもんですね。
> 他人の書き込みやmakotoさんの返事を
> みて大変勉強させられました。

客観的且つ、専門的でもある目線からのコメントが毎回参考になってます。
どんな方なのかとても興味がありますね。
ねぇkusanagiさん?
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。