陽が当たって・・・

まだ最盛期になってませんでしたが、少しだけ咲いてました。
陽が当たって輝く彼岸花を・・・

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これは最近のものですか?
って、季節がコチラと余り変わらない
なんて思ってしまったのですが。
彼岸花って複雑に広がっていて
何処をどう撮っていいか迷う花で
苦手の花です。
紅いのも難しくしているのでしょうね。

小彼岸桜さん

> これは最近のものですか?
> って、季節がコチラと余り変わらない
> なんて思ってしまったのですが。
> 彼岸花って複雑に広がっていて
> 何処をどう撮っていいか迷う花で
> 苦手の花です。
> 紅いのも難しくしているのでしょうね。

これは、先日の日曜日の撮影。丁度葉っぱの透過光の写真を撮ったときのものです。
彼岸花って細かいひげや花びらでピントの位置が難しかったり煩雑になってしまったりするので難しいんでしょうね。
今週は満開になってる頃だと思いますが、明日も仕事です・・・

記録性という要素の少ない、つまり芸術作品的な写真を
撮られる方は多いですよ。と言うよりも、今では社会的な
記録性を持たせた写真を撮っておられる人の方が少ない
でしょう。
これは撮影者自身が、最初に学んだ写真歴史の影響を
強く受けているということでもあるのです。つまり私の場
合は記録、特に社会的記録を大切にするのですが、それ
は時代が政治の季節だった60年代70年代の写真の時代
の影響を強く受けているからなんですね。

makotoさんの世代は、80年代90年代の個人的風潮の時
代影響を受けているわけですよ。
例えば鉄道写真。私より年上のご年配の方で、SL時代の
写真を長年にわたって多数撮られていた方がいますが、
当時はそういう個人趣味的な写真を撮るというのは周囲
に憚られる雰囲気だったわけです。それで鉄道写真を撮
っているとは誰にも言わずにいたそうなんですね。(笑)
でも今じゃ鉄道写真はテレビ番組になるほどでメジャー
な写真ジャンルですよ。

今は個人趣味感覚やオタク趣味が大手を振っているんで
すが、そういう時代の写真はは80年代から始まり、とくに
90年代後半から社会に認められ出したわけです。
ただ面白いのは若い世代でも、写真学校を出ている人は
きちんとオーソドックスな記録性とか報道性のある写真、さ
らには哲学性を含ませた写真を撮るんですね。
それで、なんだ、若い人でもきちんと写真史を学べば昔と
同じように撮るんだなっていうことです。(笑)
時代は変わってもカメラが違っても写真の本質というのは
永遠普遍なわけです。

写真に記録性を持たせることが苦手だというのは、逆にい
えば個人感覚の美学が優れているということでもあるんで
しょうね。
プロの写真家でも、片手間に素材集に使うイメージ写真を
撮る方がいますが、なるほどそういうセンスが今の流行な
のかとも言えそうです。 しかしイメージ写真とは言わば
匿名性の写真なんです。何て言いますか、透明人間が撮
った写真のようなものなんですね。

イメージや雰囲気や技術だけでは写真の本当の力という
ものは獲得できないんじゃないかと私は考えています。
写真が力を持つには、まず被写体に関する強い関心とい
うものがなければと思いますね。被写体を徹底的に調べ
上げて、その上で写真を撮るとはどういうことなのかを考
え煮詰めるというです。
そういう写真はたとえ撮影が下手でもパワーを持つことに
なります。なによりも撮影に充実感が得られるんですよ。

カメラマンは数多くいるけれど、この写真だけは俺にしか
撮れないという、そういう被写体を自分で見つけ出すこと
が写真の面白さの秘訣だと思いますよ。
そういう写真を見つけるのには車で走っただけでは駄目
で、そこから自分の足で歩いて汗をかいて初めて見つけ
られるものなんでしよう。
ちょっと長くなりましたが、これ幸いにと色々と考えて頂け
ればあり難いですね。

kusanagi さん

なるほど、参考になります。
まだまだ未熟で、そこまで考えての撮影にはとうてい及んでは居ないですね・・・
まあ、被写体にもよると思います。
今回の日の出は、メインと考えていた岬の日の出には残念ながら裏切られ、そのまま収穫ナシに帰るのもシャクだったので、良く見かけるポストカードや、昔はやったカセットテープのインデックスカードに使うようなイメージスナップを撮りたくて、撮ったものなんです。
だから、そこまでの考えは無かったし、実際に記録的要素は逆に省きたくもあった訳です。
写真の目的、被写体にもよってどちらもアリではないかと個人的には思ってます。
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