One Summer Day

大人になっても忘れないでしょうね。

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今の若いカメラマンというのは、デジタルから始めた20歳代の方ですね。
フィルム写真の経験のある30歳代以降の方は、世代が違うだろうって
考えています。(^^;
デジタル一眼から写真を始めた人っていうのは、これはもう特別なのです。
特別というのは、フィルム代現像代を気にしなくてよく、失敗を恐れずに
思いっきり多量撮影が可能であるという点です。
ですから、それまでのフィルム世代(最初に使ったカメラがフィルムである)
とは別にして考えるべきだと思っています。
そういえば、カメラ女子達もデジタル世代ですね。

それでフィルム世代でも、2分すると黒白フィルム時代とカラーフィルム世代
に分けられます。黒白写真というのは原則、自分で現像してプリントをする
っていうことで、ランニングコストが安かったんです。それと写真に関して全て
自分でやってしまうので撮影だけで終わるってことはありません。
一方、カラーフィルムはショットコストが高くつきます。写真屋さんを食わせて
いたんですからね。それでショット数は必然的に少なくなります。

写真の分野において、スナップ撮影というのがあったんですが、それは
人物を絡めた写真というよりも、人物(被写体は他人です)そのものをメインに
ショットする撮影方法です。
そのスナップ撮影は、黒白フィルム時代に行われていたものでカラーフィルム
時代になってからは廃れてしまいました。
代わりにカラー時代に流行ったものは、人物撮影に関してはモデル撮影です。
モデルさん相手にじっくりと静物写真のように撮影する。モデルさんをお金を出
して雇っているわけですからカメラマンはともすれば傲慢になります。

スナップ撮影は早撮りが命で、被写体の人が自分が撮られているということ
すら意識できないほどの瞬間的な撮影するんですね。全く見ず知らずの人を
撮らしてもらうわけですから目立たないように影のようになって撮るんです。
これはモデル撮影とは何から何まで根本的に違うわけです。

今イベントなどて多くの年配カメラマンがやっている撮影法は、モデル撮影会
のやり方を、見ず知らずの素人の被写体の方に対して、自分の身勝手さを
押し付けているというものなんですね。
マコトさんがマナー云々で憤慨するのはもっともです。
そういう人の多い場での人物撮影は本来、スナップ撮影の処手法でやらなければ
ならないんですが、残念ながら、本当のスナップ撮影は黒白フィルム写真と共に
滅んでしまったわけなんです。本格スナップ撮影の仕方、その考え方、そういう
ものが全て今は継承されていないのですね。
年代的に言えば今の70歳代の人が若い時代に主流を占めていた写真法なん
ですが、今ではごく一部、写真学校を出たカメラマンがやっているくらいです。

ところが時代は巡ってくるというわけで、デジタルカメラというのは最もスナップ
撮影がやりやすくなったカメラであり写真なんです。
撮影の失敗を恐れる必要はないわけですし、撮影のランニングコストはゼロに近い。
当然、今の若い人は大いにスナップ撮影をやってもらって構わないわけです。
ところが現実には、若い人はスナップ撮影をあまりしていないようなのです。

その原因のひとつには、まずスナップ撮影のノウハウや文化というものが
既に失われてしまったということ。もうひとつはデジタル写真はあまりにも深く
ネットと結びついてしまったので、肖像権の問題から発表を控えるだけならば
まだしも、撮影そのもの自体を恐れるようになったからだろうと、私は考えている
わけです。
写真は10代末~20歳代始めに始めるべきだと常々考えているんですが、
その若さあふれる多感な時期に、最も面白いはずの人物スナップ撮影を避けて
しまうっていうの本当にもったいないんですね。

よさこい踊りは当然に若い10~20歳代の若い人達が踊っている。彼らは自分の
若さのパフォーマンスを見事に表現しているんですが、それを受け止めるはずの
若いカメラマンがいない。これは一体どうなっているの?って思いますね。

以前、駅前で若い女性が音楽のパフォーマンスをしていたんですが、その見物人
に一人、若いカメラマンがいて撮っていたんですね。実に遠慮がちにポソリポソリ
と撮っている。
たまたま私も撮影帰りでカメラを持っていたので撮ってみました。
持っていたのは1Dマーク2、シングルモードながら連写ショット撮影です。一箇所
に留まらずあらゆる角度からドンドンと撮っていく。
そうしているうちに、れいの若いカメラマンもD300を連写モードにしてバリバリと
撮り出したわけです。
なるほど、彼も本当は撮りたかったわけなんだけど遠慮をしてというか、そもそも
こういう場合の撮り方を知らなかっただけなんだなって思ったわけです。

まだ彼の撮り方はぎこちなかったんですが、私のようなやり方で撮れば全然問題
ないんだなってことが分かったんだろうと思います。
ちなみに私のスナップ撮影のやり方を書きますと、手に持ったカメラは常に下ろして
いて、瞬間的に撮る場合にだけ持ち上げるんです。しかもカメラを構えた瞬間に
シャッターは押している。
1ショット、もしくは数ショット連続。撮り終わればカメラは即下ろして、直ぐに別の
場所の最後列(必ず)に移動する。そういう繰り返しなんです。常に観客の邪魔に
ならないように動いています。

カメラを構えて直ぐにショットできるのは事前に裸眼でフレーミングしているからです。
感覚的に半分はノーファインダー撮影という感じですね。
AFカメラだからピントは自動だけど、マニュアルレンズならば事前にピントも手探り
で大体合わせておくのが正しいやり方です。
撮影をしている最中ですら次の撮影場所やフレーミングを考えておく。
常に先き先きのことを考えながら、眼は常に被写体を、またその周囲をも満遍なく
見張っておくっていうこと。慣れると被写体は次にどういう動きをするのかが分かって
来るから前もって構えてショットすることも可能です。
方向の違う二つの被写体を同時に交互に撮りながらっていうことも可能です。

背面液晶画面は当然カットオフ。撮影中はカメラ自体を見ません。
人混みの多い撮影中の移動は中腰のすり足です。忍者みたいにですね。(^^;
私の撮影は祭り場と言っても、主催者側を撮るのが半分、残り半分は一般の観客
を撮ります。普通前者を撮るのは許されているけれど一般客を撮るのはタブーと
されています。しかしそれでは本当のスナップ撮影とはなりません。
きちんと責任を持って撮るのならば、見ず知らずの一般客を撮るのもスナップ写真
の文化ですからね。

今の若い人は、それを盗撮と同じだと勘違いしている人がいます。
ただし一般客をスナップするには、相当に撮影に慣れて素早いショットができるよう
になってからですね。それから盗撮だと思いながら撮っていたのでは卑屈になって
しまい、逆に不審な目で見られてしまいます。堂々と撮るべきなんです。されど
被写体当人も気がつかないほどに素早く。

カメラはスナップだから小さいカメラが有利だと思っている人がいますが、やはり
ある程度の大きさが必要で中級機以上のデジイチを勧めます。一般の方は想像
以上にカメラマンの持つカメラを見ています。スナップカメラにこそプロ機が必要と
いう考え方もできます。
一般的に小さなカメラやモバイルでは、一般の方から不審感をもたれてしまいます。
人物スナップだけでなく、普通の風景撮影でも大型のデジイチがベストです。
私は一般のカメラマンが撮らないような街や村をブラブラ歩きながら撮影をするん
ですが、こういう場合には高級機を持っていくのが無難です。
高そうなカメラを持っていくと、向こうから現地の人が好意的に話しかけてくれるん
ですね。それでエントリーカメラの場合にはわざわざ改造をして大きく見せています。

こういう人物スナップ撮影をするには、たぶん若い時期、20歳前後からやり始め
ないと無理だろうって考えています。既に歳をとっていれば、たとえ腕があったと
しても頭が付いてこないのではと思いますから。(しかし頭さえ切り替えることが
できれば、技術はあるのですから最高レベルのスナップ撮影ができます)
そう考えれば今の若い人は、デジタルから始めるわけですからスナップ撮影が
できる大変有利な環境にあるんですね。

スナップ撮影の写真学は今までの静的な写真とは全く別系統の写真学となるんです。
撮り方も見方も考え方も全部違う。そう、カメラ自体も違っていたんですよね。
何が一番違ってくるかというと、写真を、しいてはこの世界を、動的に見るようになる
んですね。モノの世間への自分の見方が変わってくるんです。
特に世の中が動乱期にある場合、静的な見方では限界がある。それでダイナミックな
見方に変えなければならないんですが、その頭脳的な訓練にはスナップ撮影は
最適だと考えているんですよ。スナップ撮影は一種の知的スポーツですかね。

脳の仕組みとして、自分の意思として何々をしようかっていうのは通用しないんです。
そういうのが出来ると思うのは錯覚です。何でもいいから訓練としてやってみる。
考えるよりもやってみて慣れろって言いますが、スナップ撮影というのはモーレツに
撮影が忙しいんです。じっくりと考える暇なんてなくて考えるよりも先に撮っていなけ
ればならない撮影法です。
無意識的に撮れるようになれば脳の鍛錬としては成功です。

最近はカラーフィルム写真もデジタルの影響を受けて安くなりました。
知り合いの人でまだカメラをデジタルにしていないんですが、今がフィルム写真には
最高だって言われましたね。(^^;
そういうこともあってか、カメラ女子さん達もけっこうフィルムカメラを使っているみたい
なんですね。カラーフィルムも安くなればスナップ撮影が心置きなくできるんです。

kusanagiさん

確かにデジタルになってからも余計なショットは撮らないようにし、迷ってレリーズ中止するようなことも多いですね。
よく、一般の方にただだからいい・・そう言われますが、そういういう考えは全くありません。
色々理由はあるでしょうね。
まずは仰るようにフィルム時代からの名残。
それから、やたらに撮って数打てば当たる的な撮り方では上達しません。
まさに目でフレーミングして、タイミングを待て一発必勝を狙うべき。
まぁ、それで逃して連写で撮れば良かったと後悔することも多いですが・・・
道具がいいから・・・道具が悪いから・・という理由は付けたくないし、付けられたくないですね。
最後は、カメラも消耗品ですから、使えば使うほど寿命は早くなる。
特にシャッターはまさに消耗品です。過去にS3PRO、D2X、!DsMARK2とシャッターが壊れてますから。

基本は頭の中でイメージをして、それを現実化する・・
これがうまく行かないとまともなものは撮れないと思ってます。
なのでイメージが出来ないものは、人の作品を見たりしてイメージを膨らめます。
それでもイメージできないものは、撮りません。
まぁ何だかんだ言っても所詮趣味の世界で自己満足の世界ですが・・・

>過去にS3PRO、D2X、!DsMARK2とシャッターが壊れてますから。
まことさん、ショットを抑え気味、なんて言っていますが、めちゃ撮っていた
じゃないですか。(^^; でも現在はぐっと抑えているみたいですね。
ただ若い人達は最初は遠慮なく撮ってみてもよいように感じます。

この掲示板をお借りして色々と試行錯誤で書きながら、これまでの自分の
やり方、写真のやり方、それは確かに趣味とはいえ妥協をするつもりはない
わけで、しいては自分の生き方をより良く変えてみたいって考えているんです。

カメラ雑誌の講読は止めました。10年分くらい溜まっていた古雑誌も処分しま
したし、新規のカメラの購入もストップしたまま。
一番新しいカメラはD700までなので、このまま数年間はこれで行くつもりです。
ネットは今ほとんど見ておらず、モニターも最低限サイズの開きです。

写真の目的は、表現と記録っていう考え方があるんでしょうが、私はもう別の
考え方でやってみたいと、手探りをやっております。表現でも記録でもないもっと
違うもの。あえて言えばマコトさんがおっしゃるようなイメージングの脳内訓練
のようなものですかね。

静的な、空間重視の写真はショット数が少なくなりますが、動的な、シャッター
チャンス優先の写真はどうしてもショット数が多くなる。とくに人物ショットは、その
しぐさや顔の表現で別ものになりますからショット数は多い。
問題は撮った多量のショットをいちいち見ていては身が持たないということ。(^^;

まことさんは1980年代初期の写真流行が根になっていると思う。私の場合は
1960年代のそれですね。(実際に始めたのは1970年からですが)
1980年代はカラーであり、静的な構図優先の写真かな。1960年は黒白で(色は
無視ということ)スナップ的な人物の動きを主体にしていたと思う。
そうなってくると、デジタル時代の今、若い世代はどういうやり方をするんだろう
って興味があります。2010年代はそれまでとは別の写真流行が出てくるんじゃ
ないかなっていう期待がありますね。

デジタルは気軽にショットできるだけでなく、その画質がフィルム中判以上に
なってきたというのも見逃せない大きな特徴です。
そういう威力を生かした写真になってくるのか、それともショット数を稼いだ選り
すぐりの写真なるのか。たぶんその2つを兼ね備えた超絶写真の方向になるん
だと思いますね。

しかし撮ってしまった写真は所詮は結果でしかない。プロは結果を問わなけれ
ばならないけれど、アマチュアは途中の経過こそが価値を持つ。
私はあくまでプロセス重視でやって行きたいと思っています。それで学んだ
プロセスが自分の生き方というか別のやりたいことにきっと役に立つと思うんです。

今度の原発事故はチェルノブイリ級に日本を揺るがすだろうと思います。それで
世の中が変わるとチャンスが生まれます。チェルノブイリで5、6年経ってソ連が
解体してしまった。そうなると日本もそういうようになるかも知れないんです。
霞ヶ関の官僚機構が解体しつつあるんじゃないかって想像しています。
これはとんでもなく面白くなる。最終的には日本は道州制になってくるのかな。

日本というものが変わるんだったら、それよりも前に自分が変わっておきたい。
その為にもまず自分の写真を変えてみようっていうところですかね。
写真は自己満足、つまり満足しちゃあいけません。(^^; 永遠に満足できない
からこそ意味があるんだと言えそうです。
と言いながらも、結果として自分が撮っている写真なんて昔とちっとも変わって
いないんですね。でもその途中のプロセスはぜんぜん昔とは違っている。

kusanagiさん

S3PROは中古で買って、数十枚撮ったらエラー・・
そのままシャッター交換へ。
D2Xは、元々結構切ってて、私が撮ったのは1000枚くらい。
1Dsは例のバウンドが買ってすぐに発生して、シャッター交換となりました。
実際に沢山切りすぎて壊れたところまで行ったのはないです。

私が写真を始めたのは、高校に入って写真部に入ったからでしたが、
丁度CanonAE-1が爆発的に売れていたころです。
小さい頃から親のカメラを触るのは好きでしたね。

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