暑い

随分前の写真です。
夏の終わり頃でしたが、この頃は今よりは環境が良かったかな。
そろそろ夏の写真を撮りに行きたいですね。

_D2H2005m行く夏を惜しんで
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コメント

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今晩は!

ああ、なんともいいお写真ですね!
夕日が優しく海の上にも軌跡を描いて、、光の中に
ほのぼのした幸せそうな光景が浮かび上がりますね♪
明日の幸せを約束してくれそうな、そんな心に残るお写真だ
な~って思いました♪
現実は、なんだか今は大変なことになってしまって、、
本当に、こういうシーンを東北の海辺でも取り戻したいですね!

xp板に投稿しているころよりいいなって思う作品に
コメントを書かせていただくのはとても好きでした(^^)
ですので、気を遣うというより、自分の好きなことを
させて頂いているという意識が強いような気がします!

ブンブンさんなど、一休みされてらっしゃるようでチョット
寂しいですね^^;

haruさん

> 今晩は!
>
> ああ、なんともいいお写真ですね!
> 夕日が優しく海の上にも軌跡を描いて、、光の中に
> ほのぼのした幸せそうな光景が浮かび上がりますね♪
> 明日の幸せを約束してくれそうな、そんな心に残るお写真だ
> な~って思いました♪
> 現実は、なんだか今は大変なことになってしまって、、
> 本当に、こういうシーンを東北の海辺でも取り戻したいですね!
>
> xp板に投稿しているころよりいいなって思う作品に
> コメントを書かせていただくのはとても好きでした(^^)
> ですので、気を遣うというより、自分の好きなことを
> させて頂いているという意識が強いような気がします!
>
> ブンブンさんなど、一休みされてらっしゃるようでチョット
> 寂しいですね^^;

Nikonを使っている頃の一枚です。
外国人の親子が楽しそうでした。

ブンブンさん、お休みしてますね。
色々お忙しいんでしょうか・・・
思いっきり気分転換に撮影に出かけたいです。

マコトさんの海の写真、ぜひ見たいですね。やっぱり日本の海はいいのだ。
と言いながら、・・・原発事故でとんでもないことになっているんですよね。
今年の海のレジャーは、今までとは状況が変わってきそうです。
武田邦彦氏特設スタジオ 原発・海の汚染
http://takedanet.com/2011/04/post_643a.html
http://takedanet.com/2011/03/43_d4f8.html
福島から南下して銚子まではアウトかもしれない。湘南はどうなのか。
伊豆を越えれば大丈夫と思う海水浴客やサーファーは多いかも。

まっ、遊びの話は別として、日本の沿岸の1/10くらいは、しかも豊かな漁業資源
なんです、それを国土喪失をしてしまったんですね。福島の大地と同じように。
最近は、日本の政財界も国民も、救い難いほど愚かな人達かも知れないと思える
時がしばしばです。笑うにも笑えない話ですけどね。

こちら、すっかり撮影に遠ざかっていて、1ヶ月ほど前に撮った瀬戸のクルージング
(燧灘をぶっちぎり横断)の写真も撮ったぱなしで見てもいないんですが、やはり海
の撮影は好いもんです。
ところで、内海と外洋とは同じ海とは思えないほどに違う様相なんですが、
http://www.yuge.ac.jp/download/kiyou/vol31_21.pdf
http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KAN6/5_sodan/mame/topic39.htm
これを見てもわかるとおり、燧灘(ひうちなだ・瀬戸内海の真ん中にあり愛媛と香川、
広島と岡山に囲まれた東西50キロ南北20キロの灘海)の水深は平均20メートル
なんです。巨大船だと喫水ぎりぎりなんでしょうね。
ttp://karano.exblog.jp/4747974/

実際こんなに浅いとは知らなかったんですが、船で進むうちに水深の浅さを実感
するようになりました。海の色は沿岸と変わらないし波も小さいまま。晴れていた
ので愛媛側の沿岸を遠望しながら、何となく揚子江みたいな幅広の大河を下って
いるような雰囲気だったわけです。
よく遠洋航海の船乗りさんが、瀬戸内海?あれは河みたいなもんや、と言っていた
のを思い出しました。

この燧灘、よく晴れていれば船に乗らずとも、どこの沿岸地からでも海の全てを
見渡せるんですよ。海底は浅く平らですから、要するに瀬戸内海とは内陸盆地で
あって、そこに海水が入って来たようなものなんでしょう。
燧灘の光景で特徴的なのは、海の穏やかさと相まって四国側にそびえる四国山地
との対比なんです。1000メートル級の連山が連なっていますので、非常に大きな
空間を実感できることなんです。
太平洋側っていうのは高知湾など無論もっともっと大きいんですが、晴れて遠くまで
見通せる場合が少ないのに対し、内海はよく晴れるんです。
ちなみに燧灘は、さぬきうどんの出汁に使うイリコ漁業で有名ですね。
ttp://www.city.kanonji.kagawa.jp/sight/ibuki.html

ちょっと面白い双眼鏡を中古屋でゲットしました。
タスコ322BCW キズが多いしコンパスが壊れているそうで、ジャンク扱いの
6000円でした。
http://shop3.genesis-ec.com/search/item.asp?shopcd=17336&item=03391
嬉しいことに、メガネをかけたまま覗くことが出来るんですね。接眼レンズが大き
くて、ハイアイポイント仕様になっているんです。後で調らべると、マリン用とか。
それで納得です。サングラスや水中眼鏡をしていてもオーケーなんでしょう。

kusanagiさん

混雑する前に撮りに行きたい気持はありますが、
中々行動に移せません・・・
すっかり無気力になってます。
どこかで気持ちを切り替えないと、ほんとうに大変なことになりそう。
職場に居ても、家に居ても同じで
全く気持ちが休まりません・・・
どうすればよいのか・・・

撮影はやっぱり気分転換の目的がありますね。
なんと言っても運動になりますし。
とは言いながら、被写体を何にするのかは、このところの急激な時代性の
変化があったような気がしています。
2011の3月以降は、それまでの大らかな、しかしいい加減だった20年間とは
違ってくるのじゃないかなって、私は密かに考えています。

簡単に言うと、これからは写真において個々人の、独自のテーマ性が求めら
れてくるんじゃないかなって思うんですね。
それでそのテーマ以外の余分な撮影をするのが辛くなってくる、なんか無駄
な時間の浪費をしているような気分になってくる。つまり大幅な趣味写真の
リストラクチャリングをするようになるんじゃないかなって感じています。
この被写体撮影の方向は自分の目的に沿っているのか?等々、そういう自問が
芽生えつつあるのじゃないかなって思うんですよ。

それからテーマなんですが、時事的な問題と無関係ではいられなくなったような
思いが私にはあるんですね。まあ、これは私だけの問題かも知れません。
瀬戸の写真は以前から撮っていたんですが、これからは瀬戸の海こそが私の
写真のテーマになるだろうって考えています。
そう思うようになったのは伊方原発のあまりにも美しい海を見てからなんですが、
やはり、この海をなくしたくない汚したくないっていう、心の深奥から出てくる何か
があったからなんでしょうね。

その伊方の北側の対岸に上関原発というのが作られようとしています。
http://www.iwaishima.jp/
これは祝島といって原発に反対している小さな島のHPですね。
瀬戸に浮かぶ島々のひとつと言ってもいいのでしょうが、まだまだ失われていない
豊かな自然が残されているようです。

瀬戸をテーマにすれば当然、こういう問題に関心を持たなければならなくなります。
じゃあ、改めて瀬戸をテーマにしたところで、自分の写真の撮り方が変わるのかと
言えば、決してそんなことはないんですね。
これからも同じような写真を撮っていると思います。しかし心構えが変わってくる
と思うんです。被写体に向かう気持ちが以前とはやはり変わってくる。

知人がこの夏、福島の原発地帯に行く予定だそうです。どこまで行けるのかは
未定ですが、それなりの装備もしていくそうです。たぶん最後のチャンスではない
だろうかと言っておりました。
国民の意識が変わらない限り、第二第三のフクシマは何処にでも起こりうる。
浜岡にだって1千本の核燃料棒がプールしたままです。中部電力は東電のような
イカサマ会社じゃありませんから、もしもの時でも大丈夫とは思いますか、それでも
本当のところはわからない。
伊方だって1号炉は古いですからね。こちらはその風下にあるわけでね。

こういうことと写真とは関係ないだろうって言える人は、たぶん稀だと思うんですね。
原発問題の本質というのは、日本国民が政府から完全に裏切られていたという、
そのものの話ですから、この問題と自分の人生観や写真とかと無関係でやれる人
っていうのは、よっぽど無自覚な人以外はいないだろうと思っています。

それでね、面白い話があるんですよ。
シグマSD1というカメラですが、当初シグマ社長の話ではデジイチ中級機種の
プライスで出るという話だったんですが、いざ出ればなんと60万余のお値段。
当然に予定していたユーザーは怒り狂うのが当たり前です。
色んなサイトを見ていると、その批判の急先鋒は30~40歳代の写真の上手い方の
ようです。50歳以上の方は、まあ諦め気味という感じか、もしくは達観している。(笑)
反応的に面白いのは20歳代の若い人ですね。なんとシグマの肩を持つんです。
というか、シグマを正当に批判している人を茶化す役割をしている。

まあ、20歳代の人は60万どころか30万円でもおいそれと買えないから、他人事と
してそうしているのかも知れませんが、それでもちっょと異様な反応をしているん
ですね。
20代と30歳代を分けるものは、写真に限ればデジタル以前の写真を知っているか
どうかが大きな分水嶺だと思うんですよ。
アナログ的なフィルム写真を知らない、デジタル写真しかやったことがない人間は、
もしかすれば・・・簡単に騙されてしまう。物事を深く考えることが出来ない。宣伝
文句にコロリとやられてしまう・・・のではないかと。
これはシグマのカメラであろうが、はては原発問題であろうが、もしかすれば同じ
反応なのかも、と思ってしまうわけです。

そうなってくると、20歳代の方はともかくとして、少なくともアナログ写真を知っている
30~40歳代(以上の)方は、これからの我々が迎えつつある時代の重さっていうもの
を分かってくれる最後の世代になるのかも知れないな、ということですかね。

うーむハルさん。デジタル写真世代の一人として、この意味、分かってくれるかな。
いやーっ、またまたハルさんを出汁にしてしまったな。(^^;

kusanagiさん

気分転換のための撮影に出かけたいのですが、
中々思うように行きませんね。
天候もそうだし、高速料金、ガス代、等々・・・
やはり南伊豆や南紀など海のキレイなところでゆっくりしながら
撮影をしたいです。
テーマに関しては、何となく、撮るものによって決めてますが、
明確でないと言えば、明確でないですねぇ。
ただ、漫然とカメラを持って行っても何も撮らないで帰ってくることが多いです。

梅雨時は撮影には向きません。これはしようがない。(^^;
高速代、ガス代、これは自分の考え方を変えるしかない。身近なところで、
まだ自分が発見していないような新しい被写体を探すことしかないような
気がしますね。

それから車でバーンと行って目的地をスポット的に撮って帰るっていうやり方は、
遠くまで遠征できて気分をリフレッシュする利点はあっても、やはりその撮影地
に関しては地元のカメラマンには敵わない。
やはり負担にならない程度の身近な所でじっくりと撮れる自分だけの撮影地
を獲得すべきなんでしょうね。

それからマコトさんは完全な大自然の場所ばかり考えているみたいですが、
そうじゃなくて人工物と自然の混在も撮影対象に加えれば撮影候補地は膨大
に増えるはすです。
私はけっこう工場地帯を撮るんです。臨海地帯ですね。海を撮ろうと思えば
人工物は必然的に視野に入ってくるわけで、逆にそれらを避けて撮るほうが
不自然だと思っています。
それに私はマコトさんと違い、祭りなどの混雑地でも撮影ができる。
料理に例えると、私は好き嫌いのない雑食性なので撮影する対象物には事
欠かないんですね。
それを言うとマコトさんはやや偏食気味気味のようです。(^^;

このところ立て続けに複数の知人が、イタリイ、オランダ、フランスと出かけて
いるんですが、まあ、やはり羨ましくないといえば嘘になるんですが(笑)、しかし
観光で行ったところで、写真という観点からすれば所詮は記念写真でしかない
わけです。
そんなものをいくら撮っても自分の身には付かないと考えています。

最近仕事で自費出版のお手伝いをしたんですが、注文者はパリの撮影を
何度もやっておられるんですね。延べ滞在日数にすれば何ヶ月間もパリで
撮っている。
しかし写真は平凡です。やはり観光写真の域を出ていないし文章もそうです。
撮影者の方は自分なりにテーマをパリということでやっておられているんで
すが、所詮は旅行者に過ぎないということでしょう。
金と余裕がある過ぎる人はある意味、不幸なのかもと・・・

>ただ、漫然とカメラを持って行っても何も撮らないで帰ってくることが多いです。
それでもカメラを手に歩くことによって運動にはなっていますね。さらに歩き
ながら様々なことを考えて煮詰めていっているわけで、これはこれで十分に
撮影行の効果はあったはずです。
私が瀬戸の島などに行くと、もう半日はカメラを手に歩きとおすわけです。
撮影はあんまりしないのです。むしろ歩くことによって(過疎の島は何もない
ので歩くことしかすることがない)、自分の日頃の課題を考え続けているという
のが本当です。

写真を撮る行為といのは、本質的に一人でする孤独な作業なんですね。
みんなでわいわいというのは例外的です。
そういう孤独感をいうのを味わうために人間はカメラを持って撮影にいくんで
はないだろうかって思っています。あくまで写真は個人の行為なんです。

それからね、写真趣味の人は一般的に言って出世はできません。(^^; 
するつもりもないというのが本当だろうと思います。金儲けもあまり出来ません。
マイホームパパでもない。
そういう世の中の家庭の、一切のしがらみから離れたいと考えているような
個人感覚があるから、そういう人は写真という個人趣味に没頭するんですね。

ある本に、働かない蟻というのがあって、働き者のアリですらブラブラしている
アリのほうが多いんですよ。じゃあブラブラ蟻の存在価値というのは何だろうか
というと、働きづめ蟻が行き詰ったとき、いざという時その代わりを何時でも出来
るからなんだそうです。
つまり写真趣味人間が、今度は君の出番だよってスイッチが入れられれば、
猛然と働き蟻に変身をして、写真は止めるんですよ。当人にしては写真より
面白いものが出来たから写真は止めちゃったとなるわけです。

じゃあブラブラ時の写真は何だったのかというと、けして暇潰しでやっていたんで
はなくて、それは充電期間だっただけのことなんですね。
仕事に夢中になっている人っていうのは忙しいわけです。趣味なんかする暇
なんかない。しかしね、忙しいっていう字は、心を亡くすって書くでょう。
そういう心が亡くなった状態を日本中が続けていたから、日本は原発だらけで
膨大な死の灰を抱え込んでしまったわけです。気がついたら、もう日本は終わっ
ていたんです。
いや未だ、心亡人間はその明白な事実すら見えていないようですが。(笑)

これまで国策とか言って原発を推進して来た経産省の役人とか電力会社の悪徳
越後屋とか、そういう働き蟻はこれからはお役御免なんです。もう彼らの出番は
なくなったんです。その代わりに今までブラブラしていた元気な蟻が出番になる
んです。
そういう世の中の仕組みっていうのがありますね。

趣味写真というのは、プロではないんだから写真という結果が大切なんでは
なくて、あくまでその過程が大切だと考えています。
写真の正統的なプロセスですね。
それで話を転換すると、今のデジタルカメラ、デジタル写真というのは、もしかすると
あまり効果的な写真プロセスではないのではないかと思い始めているのです。
特に問題になってくるのが、最初からデジタルしかやったことがない人。
アナログ写真のプロセスをぜんぜん知らない人。そういう方は将来的に
行き詰まってくるんじゃないかなっていう心配があるんですよ。

そういうことを今、考えているんてすが、デジタル写真はアナログ写真と
違って、最初すら最後まで写真という情報を、物質化するプロセスを踏まない
場合が多いということなんです。
フィルムもプリントもしなくて、終始抽象的なデジタル情報のままで済んでしまう。
その際どいまでの危険性ですね。

それを防ぐためには、たまにはデジタル写真をプリントする。そういう必要が
あろうかと思います。プリントとは写真を物質化するということですね。
それからデジタルしか知らない若い方は、今は未だフィルムがあるんだから
試しに経験してみるということで、フィルムカメラも使ってみるべきだということ
です。
これはもしかすれば大事なことなんじゃないかなって思うんですよ。

kusanagiさん

ここしばらく近場での撮影ばかりしていて、少し飽き気味で
機分転換に遠くまで行って云々という要素が高いかもしれません。
たまには遠くに行きたくなるんです。
元々クルマの運転は好きだし、その気になれば一日800キロでも走りますから。

仰られるように、偏食気味は確かで、
人ごみは嫌いですし、撮影するものも限られてますが、
これは趣味だからこそ成り立つと思ってます。
仕事なら被写体を選んだりできませんから。

冷静に判断すると、写欲が湧かないのは
今の生活に飽き飽きしていることと、
写真撮影に冷めてしまっているからかなとおも思えます。

レンズの焦点距離を限定して、近くの被写体に限定してと
制限を付けて撮影をしていけば技術は間違いなく上がるでしょうね。
そんなことも楽しいとは思いますが、
やはり写欲あってこそだと思うんですね。
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